2004年8月15日の日記より
60kg級:野村忠広選手の夫人葉子さん
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Hero's Eye〜アテネオリンピック 男子柔道編〜 |
Hero 2004.09.17 |
格信犯総合担当Heroがその日のヒーローを決めるべく、格信犯ブログで毎日UPされていたHero's eye 〜アテネオリンピック編〜。そのvol.1〜15の中から、前回の女子柔道に続き、今回は男子柔道についてのコラムを集め、なるべくその日の感情・情景を残しつつ、加筆・修正したものをお届けします。次回はレスリング編をお届けする予定です。お楽しみに。
金メダルが決まった直後に、観客席のご両親の隣で号泣していた美人が葉子夫人です。復帰後の野村選手の体調維持には本当に神経を使っていたようです。実はこの葉子さん、ボクの中学の後輩でひとつ下の学年。あんな美人いたっけかなぁというカンジ。旧姓は酒井さんで、ふたりの出会いはコンパだそうな。
2004年8月19日の日記より
90kg級:泉浩選手の父親
90kg級:泉浩選手の父親
泉選手、惜しかったですねぇ!!女子柔道の上野選手が金メダルを決めた直後に登場した、22歳の若武者でしたが、不用意な大外狩りを裏投げ気味の大外返しで返されて、一本負けでした。
この泉選手、小学校を卒業する12歳のときに、『オレに10年時間をください!!』とお父さんに直訴して単身上京したそうです。12歳ですよ?12歳。信じられません。12歳でそんなこと言えます?『ビックリマンチョコ買うから、お金ちょーだい!!』レベルでしたよ、ボクなんて。
青森の漁師町で生まれた泉選手のお父さんは、その地の大部分がそうであるようにバリバリの漁師だそうで、その息子も跡を継いで漁師となるのが通例だそうです。もともと『漁師に柔道なんて必要ねぇ!』というお父さんで『10年で結果がでなかったら、きっちり帰ってきて漁師になれ!!』と約束していたらしいです。
その約束の10年目が今回のアテネ。結果は銀メダルに終わってしまいました。これで泉選手も漁師になっちゃうのかぁ。。。と思っていましたが、お父さんは『よくやったと思う。北京五輪では金メダルを。。。』と。感動しましたよ、お父さん!!あんた、男だわ。
この泉選手、小学校を卒業する12歳のときに、『オレに10年時間をください!!』とお父さんに直訴して単身上京したそうです。12歳ですよ?12歳。信じられません。12歳でそんなこと言えます?『ビックリマンチョコ買うから、お金ちょーだい!!』レベルでしたよ、ボクなんて。
青森の漁師町で生まれた泉選手のお父さんは、その地の大部分がそうであるようにバリバリの漁師だそうで、その息子も跡を継いで漁師となるのが通例だそうです。もともと『漁師に柔道なんて必要ねぇ!』というお父さんで『10年で結果がでなかったら、きっちり帰ってきて漁師になれ!!』と約束していたらしいです。
その約束の10年目が今回のアテネ。結果は銀メダルに終わってしまいました。これで泉選手も漁師になっちゃうのかぁ。。。と思っていましたが、お父さんは『よくやったと思う。北京五輪では金メダルを。。。』と。感動しましたよ、お父さん!!あんた、男だわ。
2004年8月20日の日記より
100kg級:井上康生選手
100kg級:井上康生選手
井上康生が敗れた。
去年の世界選手権では圧倒的な強さで連覇を果たし、誰もが対戦を嫌がる世界チャンピオンが、一日に二回も一本負けを喫した。
なぜ?
3月に怪我をした膝の完治が遅れたのか?
日本選手団主将という重責が過度のプレッシャーにつながったのか?
オーバートレーニング症候群という噂もあるが?
日本選手団主将という重責が過度のプレッシャーにつながったのか?
オーバートレーニング症候群という噂もあるが?
様々な原因が紙面をにぎわせた。だが、それらはいずれも井上の口から出たものではなく、あくまでも憶測に過ぎない。膝以外にもどこかを怪我していたのかも知れない。本当に体調不良があったのかもしれない。だが、そんなことは彼は死んでも口にしないだろう。真実は井上自身が一番理解しているはずだから、もうそれでいいと思う。
オリンピック連覇の夢は破れた。
哀しすぎる事実だが、これもオリンピックなんだ。順風満帆であった柔道人生から、一気に奈落の底への転落。このどん底からの復活は、想像を絶する苦しみを伴うのではないだろうか。
『期待』というのは、時に残酷なものである。
哀しすぎる事実だが、これもオリンピックなんだ。順風満帆であった柔道人生から、一気に奈落の底への転落。このどん底からの復活は、想像を絶する苦しみを伴うのではないだろうか。
『期待』というのは、時に残酷なものである。
2004年8月21日の日記より
100kg超級:鈴木桂司選手
100kg超級:鈴木桂司選手
とうとう柔道も最終日になってしまいました。
最重量級ではソウル大会の斉藤仁以来、日本は金メダルが出ていません。ただ、まったく歯が立たないわけではなくバルセロナの小川直也やシドニーの篠原信一など惜敗続き。むしろ世界選手権では勝てているのでこれまでも十分チャンスはあったわけです。
で、今回の代表は鈴木桂司選手。
国内では昨年の世界選手権100kg超級チャンピオンである中学時代から親友の棟田康幸と、誰より尊敬する先輩である井上康生を4月の全日本選手権で破って代表権を獲得した、言わば世界で一番の難関を突破してきた男です。(Hero's Eye「弟を王者に」参照)
国内では昨年の世界選手権100kg超級チャンピオンである中学時代から親友の棟田康幸と、誰より尊敬する先輩である井上康生を4月の全日本選手権で破って代表権を獲得した、言わば世界で一番の難関を突破してきた男です。(Hero's Eye「弟を王者に」参照)
思い返せば本来-100kg級の選手であった鈴木は、第一次五輪代表選考会である3月の体重別選手権でまさかの敗退を喫し、一旦は地獄を見ました。そういう男はやはり強いんですかね。前日の井上の敗退や五輪には出れなかった棟田の思いを、すべて自分のパワーに代えての見事な金メダルでした。
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Hero's Eye〜アテネオリンピック 女子柔道編〜 |
Hero 2004.09.10 |
格信犯ブログで毎日UPされていたHero's eye 〜アテネオリンピック編〜のvol.1〜15の中から、今回は女子柔道についてのコラムを集め、なるべくその日の感情・情景を残しつつ、加筆・修正したものをお届けします。次回は男子柔道編をお届けする予定です。お楽しみに。
2004年8月15日の日記より
48kg級:谷亮子選手
いやぁ、恐れ入りました、谷亮子選手。一体、なにをどうしたらあんな精神力が身につくのでしょうか。本番直前に地力で歩けないほどの怪我をしていながら、まったく危なげない試合運びで、金メダル獲得です。怪我をした際にボクは全柔連コーチ陣の責任を追及しましたが(2004年7月13日格信犯日記参照)、彼女にとってはそんなマイナス要素よりも、怪我の治療にあたった父親や、だんなさんの存在が大きかったようですね。それでも彼女のプレッシャーというものは、想像を絶するものがあったんでしょうね。試合直後にすべてから開放されたように泣き崩れていた姿がそれを物語っていました。
本当にすばらしいスタートを切った日本柔道陣。明日以降のメダルラッシュも十分期待できるでしょう!!!
2004年8月16日の日記より
52kg級:横沢由貴選手
昨年の世界選手権では3位だった横沢選手。今回は見事に銀メダルでした。準決勝で見せた残り1秒のところで放った大逆転の袖釣り込み腰。柔道の怖さを見ました。ちなみにこの準決勝の相手は、以前は48キロ以下級で、当時の田村亮子に何度やっても勝てなかったキューバのサボンでした。
サボン、また日本人に負けちゃったね。。。
サボン、また日本人に負けちゃったね。。。
2004年8月18日の日記より
63kg級:谷本歩美選手
女子柔道界のAyuこと谷本歩美選手が金メダルを獲得しました。決勝戦の一本背負い(技あり)からすばやく横四方へ移行したあたり、勝負に徹する厳しさを見たような気がします。投げ技で相手を倒すと、審判のチラッと確認する選手が非常に多いんですよね。そうした一瞬の隙が寝技のチャンスを逃してしまうわけです。その点、谷本選手は寝技への移行が素早かった。審判には目もくれず押さえ込みにいったあたりは、コーチに厳しく鍛えられてたんでしょうねぇ。
昨年の世界選手権では、ボクが観戦にいった時点ですでに敗れ去っていた谷本選手(2回戦敗退)。そのときの悔しさが今回のメダルへつながったようです。
谷本選手、おめでとうございます!!
でも、柔道界のAyuは言いすぎです。
昨年の世界選手権では、ボクが観戦にいった時点ですでに敗れ去っていた谷本選手(2回戦敗退)。そのときの悔しさが今回のメダルへつながったようです。
谷本選手、おめでとうございます!!
でも、柔道界のAyuは言いすぎです。
古賀稔彦コーチ
谷本選手が金メダルを取った瞬間、真っ先に向かって行った先は古賀コーチでした。古賀コーチといえば、バルセロナオリンピックで膝の靭帯を負傷しながらも金メダルを獲得したボクの永遠のHeroです。谷本選手の一本背負いは平成の三四郎と呼ばれた古賀コーチ直伝のものでした。
2004年8月21日の日記より
78kg超級:塚田真希選手
女子重量級での優勝は快挙です。ベスト4がいいところだと思っていましたが、予想を覆す優勝。世界選手権で圧倒された中国の孫福明選手が反対側のブロックだったことも幸運でした。東海大学から総合警備保障という井上康生と同じルートをたどっており、2年前にお父さんを亡くしているという点も井上と同じ境遇でした。彼女も井上の敗戦を自分のパワーにした一人かもしれません。
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FIGHT FOR YOUR RIGHTK-1 WORLD GP 2004 開幕戦 |
yojirock 2004.09.10 |
2004年9月25日。12回目のK-1 WORLD GPが行われようとしています。K-1は今大会をきっかけに生れ変わろうと、いや、ゼロからやり直そうとしています。
「純K-1への原点回帰」
今年7月、谷川プロデューサーはこの言葉を口にしました。
本来、K-1が目指していたものは、アスリートとしてのハイレベルな攻防を提示し、「完全実力主義」という言葉のもと集った選手の中から最強を決めるものでした。しかし、近年、選手の実力を度外視した話題性を集めるための選手の参戦が目立ってしまいました。PRIDEなどの多興行との争いが激化する中、話題性を集めざるを得ないのは、致し方ないとしても、やはりK-1は立ち技最強を決める舞台であって、名前だけの実力のない選手がたやすく上がれるようなリングではないはずです。K-1は故アンディ・フグが人生をかけて築き上げた聖地なのです
本来、K-1が目指していたものは、アスリートとしてのハイレベルな攻防を提示し、「完全実力主義」という言葉のもと集った選手の中から最強を決めるものでした。しかし、近年、選手の実力を度外視した話題性を集めるための選手の参戦が目立ってしまいました。PRIDEなどの多興行との争いが激化する中、話題性を集めざるを得ないのは、致し方ないとしても、やはりK-1は立ち技最強を決める舞台であって、名前だけの実力のない選手がたやすく上がれるようなリングではないはずです。K-1は故アンディ・フグが人生をかけて築き上げた聖地なのです
そして、昨今、K-1に目立ったのが選手の反則、そしてレフェリーのミスジャッジでした。アスリートが人生を賭けて立つ聖域である以上、主催者側は厳格かつ迅速に、そして公平なジャッジをしなければなりません。それを改めるために、反則にはファイトマネー減額、ミスジャッジに減俸処分などの厳しい罰金制度を導入しました。
以上のことより、今年のK-1は原点回帰を目指すのだという強い意気込みが感じ取れます。だからこそ今回、95年の開幕戦の舞台となった日本武道館を選んだのでしょう。この年より、開幕戦〜決勝戦の2大会トーナメント制が実施され、K-1は大きく飛躍しました。この時、GP制覇を狙うアンディ・フグが新鋭のマイク・ベルナルドの豪腕によってマットに沈みました。そして、K-1初登場のジェロム・レ・バンナは破竹の勢いで決勝戦まで順調に勝ち進んだものの、準優勝に終わりました。この時は相手が悪かったとしか言えないですね。あの、黄金期のピーター・アーツだったのですから。
今、こうして当時を懐古しながら文章を書いていると、あの時の興奮が蘇ってきました。本当に熱く、ハラハラするような試合ばかりでした。同時に最近のK-1ではこのような気持ちになれなかったこともまた痛感しました。
今年のK-1には期待しています。「完全実力主義」のコンセプトにふさわしい役者が揃ったと思います。世界各地で行われた厳しいトーナメントを勝ち抜いた者、昨年GPでの好成績者、それに加え、主催者推薦として元PRIDEの番人グッドリッジと極真のフェイトーザ。そして、なにより完全復活を成し遂げたバトルサイボーグ、ジェロム・レ・バンナ!!7月に行われた韓国大会での復帰戦は素晴らしかった!彼はK-1ファンが望んでいる戦い方を体現してくれるので大好きです。ということで、今年はバンナを優勝候補にあげることにします。
---K-1 WORLD GP 2004 開幕戦 in 日本武道館 対戦カード---
マイティ・モー(K-1 WORLD GP 2004 in Las Vegas 優勝)
ゲーリー・グッドリッジ(主催者推薦)
ゲーリー・グッドリッジ(主催者推薦)
アレクセイ・イグナショフ(K-1 WORLD GP 2003 ベスト8)
ガオグライ・ゲーンノラシン(K-1 WORLD GP 2004 in SEOUL 優勝)
ガオグライ・ゲーンノラシン(K-1 WORLD GP 2004 in SEOUL 優勝)
天田ヒロミ(K-1 WORLD GP 2004 JAPAN GP王者)
レイ・セフォー(K-1 WORLD GP 2003 ベスト8)
レイ・セフォー(K-1 WORLD GP 2003 ベスト8)
ジェロム・レ・バンナ(K-1 WORLD GP 2002 準優勝)
フランソワ“ザ・ホワイトバッファロー”ボタ(K-1 WORLD GP 2003 ベスト8)
フランソワ“ザ・ホワイトバッファロー”ボタ(K-1 WORLD GP 2003 ベスト8)
武蔵(K-1 WORLD GP 2003 準優勝)
シリル・アビディ(K-1 WORLD GP 2003 3位)
シリル・アビディ(K-1 WORLD GP 2003 3位)
ピーター・アーツ(K-1 WORLD GP 2003 94、95、98 王者)
マイケル・マクドナルド(K-1 WORLD GP 2004 in Las Vegas 優勝)
マイケル・マクドナルド(K-1 WORLD GP 2004 in Las Vegas 優勝)
アーネスト・ホースト(K-1 WORLD GP 97、99、00、02 王者)
グラウベ・フェイトーザ(主催者推薦)
グラウベ・フェイトーザ(主催者推薦)
<スーパーファイト>
レミー・ボンヤスキー(K-1 WORLD GP 2003 王者)
曙
レミー・ボンヤスキー(K-1 WORLD GP 2003 王者)
曙
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discoveRYO channel舞台裏に見たPRIDEGP |
RyoTheRock 2004.09.03 |
第4回は、先日ついにFINALを迎え、数々の名勝負が生まれたPRIDEGP2004においての選手達の舞台裏の表情についてのdiscoveRYOです。
フジ系列のFINAL直前番組の中で、敗北を喫した選手が控え室で荒れ狂う姿や、思わず本音を漏らす姿など、実に興味深い選手達の様々な表情を納めたVTRが流されていました。その中で印象に残ったものをいくつかご紹介させて頂きます。
◆ミルコ・クロコップvsケビン・ランデルマン◆
今大会、最大の番狂わせ。ミルコがランデルマンにKO負け。その試合直後の選手達の表情です。
今大会、最大の番狂わせ。ミルコがランデルマンにKO負け。その試合直後の選手達の表情です。
《ノゲイラ陣営》もの凄いテンションでノゲイラに詰め寄り、報告するセコンド達。
セコンド「今ミルコがKOされたぞ!左フック一発だ!」
ノゲイラ「本当に!?」
セコンド「マジで!マジで!全く信じられねぇぜ!」
セコンド「今ミルコがKOされたぞ!左フック一発だ!」
ノゲイラ「本当に!?」
セコンド「マジで!マジで!全く信じられねぇぜ!」
《ヒョードル陣営》通路を歩きながら、いつもの冷静な表情で試合結果を聞くヒョードル。
ヒョードル「ミルコが勝ったのか?」
セコンド 「負けたんだよ!」
ヒョードル「ミルコが本当に負けたのか?ウソをつくなよ!」
セコンド 「本当だ!」
ヒョードル「ランデルマンが勝ったのか。参ったな。ミルコとやりたかった。」
ヒョードル「ミルコが勝ったのか?」
セコンド 「負けたんだよ!」
ヒョードル「ミルコが本当に負けたのか?ウソをつくなよ!」
セコンド 「本当だ!」
ヒョードル「ランデルマンが勝ったのか。参ったな。ミルコとやりたかった。」
どうですか?このやりとり。僕らとなんら変わらない反応じゃないですか!この試合、僕は会場で見ていたのですが、その瞬間、会場は歓声と落胆の声が入り交じった異様な空気に包まれていました。僕はというと、声も出ず、お口あんぐり状態です。そこで、このやりとりの中に気になる発言が1つあります。ヒョードルの「参ったな。ミルコとやりたかった。」という発言。この日、ミルコvsランデルマンは第6試合、ヒョードルvsコールマンは第8試合。即ち、ヒョードルは前GP覇者、コールマン戦を数分後に控えているにも関わらず、この余裕はどこからくるのでしょうか。勝利への絶対的な自信がこの発言からうかがえます。
◆セルゲイ・ハリトーノフvsセーム・シュルト◆
完璧なマウントポジションのハリトーノフが、残酷なまでにシュルトの顔面を淡々とパウンドする場面。その様子を控え室モニターで見つめる選手達の表情です。
完璧なマウントポジションのハリトーノフが、残酷なまでにシュルトの顔面を淡々とパウンドする場面。その様子を控え室モニターで見つめる選手達の表情です。
《ノゲイラ陣営》呆然と立ち、じっとを見つめるノゲイラ。モニターを見て話すセコンド達。
セコンド「相手はボコボコだね。スゲェよ、こいつ。」
セコンド「相手はボコボコだね。スゲェよ、こいつ。」
《ヒーリング陣営》ストレッチしている状態のまま、真剣な眼差しで話すヒーリング。
ヒーリング「怖いよ。このロシア人、怖ぇ。」
ヒーリング「怖いよ。このロシア人、怖ぇ。」
《ランデルマン陣営》まるでオバタリアンの如く、試合を見ながらつぶやくランデルマン。
ランデルマン「ありゃまぁ。やめてくれ。ひどいよ。すごい血が出てる。こいつの戦い方は人を殺しそうだな。」
ランデルマン「ありゃまぁ。やめてくれ。ひどいよ。すごい血が出てる。こいつの戦い方は人を殺しそうだな。」
《試合直後のシュルト》顔半分を内出血で真っ赤に腫らしながら、セコンドと話すシュルト。
シュルト「オレは…怖かった。手も足も出なかったよ。病院へ行こう。」
シュルト「オレは…怖かった。手も足も出なかったよ。病院へ行こう。」
確かにこの試合は僕も見ていて怖かったです。何で怖いかって、ハリトーノフの軍人たるが故の冷酷さのようなものが垣間見えたからだと思います。本人も「最も重要なのはどんな状況でも生き残ること」と断言していました。が、しかし!しかしですよ、現役格闘家で普段から血のにじむような練習を積んでいる選手達まで、恐怖を感じているんです。実際対戦したシュルトに至っては、負けた悔しさよりも恐怖が先行してしまっているのです。このVTRからハリトーノフに技術面とは違う意味での底知れぬ強さを見た気がしました。
最後に一言。世界で一番熱い夏は終わってしまいましたが、今現在、人類60億分の2の状態で肝心の最強決定戦がまだ残されています。今にして思えば、お楽しみは最後に取っておくという意味で、決勝のノーコンテストはファンの僕らにとって嬉しい誤算的事故だったのかもしれません。今年中に再試合が組まれるとのことなので、首を長くして世界で一番熱い冬の到来を待つとしましょう。
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プロレスバカより愛を込めてプロレスは示せたのか? |
28ん 2004.08.27 |
新日本プロレスG1の暑い夏が終わった。今回は結果よりも内容について率直に思った事が、メンバーの豪華さに内容が伴ってなかったなという事です。興行的には成功と言われていますが、新日本びいきの私から見てもノアのドーム興行のほうがプロレスとして魅せられていたかなと・・・。まぁ、「プロレス負けるな!」と言う気持ち強すぎますんで、きびしくなっちゃうんですけどね。
まず新闘魂三銃士の活躍!これについては素直に喜びたい。明るい希望です。キャラクター性を見ても非常に魅力的。棚橋準優勝。柴田予選トップ通過。中邑は特筆する事ありませんが、3人ともが横一線で評価されていいだけの活躍をしたと思います。この3人を下したとことにより、天山の優勝はインパクトを強めたと思います。
高山の欠場!悲しいかな他の選手による、穴埋めはできていなかったかなと感じます。vs中西、vs健介との無骨な力と力のぶつかりあいが、クローズアップされたに留まってしまったような気がします。欠場してなお存在を高めれる男。高山さすがです。
中西!終わってます。「もういいー。」って感じですね。
天龍!おじさん。もう一踏ん張りをみせてください。あなたの評価がこれ以上下がる事はないのですから。猪木、馬場両方からフォールを奪った唯一の日本人レスラーじゃないですか。
天山の優勝!純粋にうれしいですねー。しかし、前回の優勝ほどではないです。やはり新闘魂三銃士の誰かに優勝させてやりたかった。もう1つ思う事があります。天山が本当に光れるリングは新日本じゃないのかもしれない。全日本、ノアあたりで戦う天山が見たいです。
いいひと健介!あんたはなんていい人なんだ。今回も出てしまったいい人が、根っからのベビーフェイス!高山との抱擁(この試合後、高山欠場が決まる。そして健介優勝への決意表明)。教え子金本との握手。そして今回1番の28んインパクト。天龍に負けた後の一言です。『優勝できなくて、高山正直すまんかった。』これが健介なのです。こんな事がありました。過去藤田戦決定後、ノートンに破れ当時保持していたIWGPのベルトを剥奪されたために選手権試合がなくなった時、藤田に向けられた言葉「正直スマン。」と同じです。最高だよ!あんたかっこいいよ。あんたあの時あんなにバッシングあびたじゃねーかよ、それでもそんな誠実な眼差しで同じ台詞が吐けるなんて・・・。本当にいい人です。心から相手に謝っているからこそでる飾りなき言葉だと言う事が今回でわかりました。
全試合とも実際には、内容的にもグレードは高かったんですけど、総合に押され気味の中ではインパクト不足だったなーと欲深く思っています。新闘魂三銃士時代の幕開けを期待せずにいられません。そこにつながるものになれば、今回のG1は大成功だったと改めたいと思います。
優勝 天山広吉
準優勝 棚橋弘至
決勝トーナメント出場者:柴田、天山、蝶野、中邑、佐々木、天龍、棚橋
準優勝 棚橋弘至
決勝トーナメント出場者:柴田、天山、蝶野、中邑、佐々木、天龍、棚橋
