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弟を王者に - Hero's Eye - 格信犯ウェブ

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Hero's Eye

弟を王者に

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2004.04.09
 4月4日に行われた全日本柔道体重別選手権。世間は100キロ級での井上康生と鈴木桂治のオリンピック代表の座をかけた一騎討ちに注目していたのだが、ここで思いもよらぬドラマが生まれた。
 シドニーオリンピックと昨年の世界選手権ではオール一本勝ちし、世界に最強の名を轟かせた井上康生、そして昨年の体重別選手権でその井上に土をつけ、世界選手権無差別級を制した鈴木桂治。今回の大会でも順当に両者が勝ちあがれば決勝でこのカードが実現するはずであった。しかし、この黄金カードは思わぬ伏兵の出現で消滅したのである。その伏兵の名は井上智和。なにを隠そう井上康生の実の兄である。
 井上康生といえば父親の明さんは有名であるが、この井上智和の名をどれだけの人間が認知していたのだろうか。ただ、弟康生のオリンピック優勝、そして世界選手権2連覇の栄光を陰で支えてきたのは、頻繁にブラウン管に登場する父親の明さんではなくこの智和だったのだ。あるときは康生の練習相手をつとめ伝家の宝刀である内股を磨かせ、そしてあるときは試合前の康生を入念にマッサージする役割すらこなし、徹底して弟をサポートしてきたのだ。
 そして、このオリンピック代表を決める大会で、智和はこれ以上ないサポート役を果たしてしまった。康生と同じ100キロ級に出場し、準決勝で弟の最大のライバルである鈴木を破ってしまったのである。
 この大会の前に明さんは井上兄弟それぞれに手紙をあてたという。康生には「100キロ級の王者はお前。誇りをかけて戦え。天国の母さんも努力を見ているし、負けるわけはない」と勇気づけた。そしてこれまで鈴木に全敗していた智和には「意地を出せ。出さないと親子の縁を切る。康生を王者にしたいなら、命を懸けろ」と勘当すらちらつかせて奮起を促したという。父の手紙がなければこのドラマが生まれることはなかったかもしれない。この結果、康生のオリンピック代表は確実なものとなった。
井上智和。彼もオリンピックを狙える逸材であったには違いない。それだけの実力も十分に持ち得ているはずだ。が、しかし、彼が不幸だったのは弟という自分の知る一番近い人間が最強であったということだ。私は知りたい。この井上智和という男のことを。なぜ恵まれた才能を持ちながらも、ここまで献身的に弟を王者にという気持ちを持てるのか。鈴木を破ってもなお弟の陰に隠れてしまっている兄智和。彼の心の奥底にいったいどんな感情がうずまいているのだろうか。男として、兄として、そして柔道家として。
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